はじめに
日本では古くから、神と仏の双方に祈りを捧げてきました。神社へ参り、寺院へ参り、正月には神社で手を合わせ、先祖の供養では仏前に手を合わせる。現代の私たちにとっても、それは決して珍しいことではありません。
長い歴史の中で、日本では神と仏を単純に切り離すのではなく、ときに重ね、ときに結びつけながら、それぞれを敬う文化が育まれてきました。
十二支によって定められる八つの「守り本尊」と、日本神話・神道信仰に登場する神々には重なり合う部分がありますが、「この仏は、この神と同じである」ということを示すものではありません。
守り本尊が象徴する徳。日本の神々が持つ神格。そして神話の中で語られる、それぞれの物語や特徴。それらを一つひとつ見つめていくと、時代も信仰の体系も異なる神と仏の間に、どこか響き合うところが見えてきます。
そこで、一尊の守り本尊に対して、三柱の神々を配し、守り本尊から守護神を導き出す試みを行いました。一柱ではありません。三柱です。
三柱それぞれが持つ特徴を重ね合わせ、その重なりの中から守り本尊の徳を見つめてみよう。それが、「守り本尊八仏 × 三柱守護神」という考え方です。仏教上の正式な本地垂迹対応を示すものではなく、各尊の徳・象徴と日本神話の神々の物語・働きを照らし合わせた独自の対応体系です。
守り本尊とは
守り本尊とは、生まれ年の十二支によって定められ、その人を守護すると信仰されてきた仏・菩薩・明王です。十二支に対して八尊が配されるため、「八体仏」などと呼ばれることもあります。
子年は千手観音菩薩。丑・寅年は虚空蔵菩薩。卯年は文殊菩薩。辰・巳年は普賢菩薩。午年は勢至菩薩。未・申年は大日如来。酉年は不動明王。戌・亥年は阿弥陀如来。
生まれた年によって、自らの守り本尊を知ることができます。ここからもう一歩、日本神話の世界へ踏み込んでみます。
三柱守護神という考え方
一尊の守り本尊に三柱の神々を配します。三柱には、それぞれ異なる役割があります。
一.主守護神
その守り本尊が持つ中心的な徳と、最も強く響き合う神です。三柱の中心に位置するため、「主守護神」としました。
二.幸魂神
「幸魂(さきみたま)」の「幸」は、「幸(さき)わう」に通じます。生命を育てる。人や国を栄えさせる。実りをもたらす。人と人との良き縁をつくる。そうした生成・繁栄・安寧へ向かう働きに着目して選んだ神を、「幸魂神」としました。
三.奇魂神
「奇魂(くしみたま)」の「奇」は、「奇(く)しき」働き。人智を超えた霊威、啓示、転換、導きなど、物事を思いもよらない方向へ動かす力に着目しています。閉ざされた状況を開く。神意を伝える。進むべき道を示す。難局を大きく転換する。そうした奇しき働きを象徴する神を、「奇魂神」としました。
三柱を重ねて、守り本尊を見る
ここが、この体系で最も大切なところです。三柱は、それぞれ独立しています。しかし、それぞれの神格や神話から一つずつ特徴を取り出して重ねてみると、ある一つの徳が浮かび上がってきます。
たとえば、子年の守り本尊である千手観音菩薩。三柱は、大国主神・少彦名命・菊理媛神です。三柱の特徴を端的に表すと、治す・癒やす・結ぶ。この三つを重ね合わせると、傷ついた存在に手を差し伸べ、その苦しみを癒やし、人と人との縁を結ぶ姿が見えてきます。そこに、あらゆる人々へ救いの手を差し伸べる千手観音菩薩の慈悲と救済との重なりを見る。
神を仏に置き換えるのではなく、三柱の神々の特徴が重なるところから、守り本尊の徳を見つめる。
これが、「守り本尊八仏 × 三柱守護神」の基本的な考え方です。