須賀の宮の長となった足名椎の名
どんな神さま?
八俣遠呂智退治のあと、須佐之男命が足名椎にさずけた名前です。大蛇をたおして櫛名田比売を妻にむかえた須佐之男命は、新しい宮を建てる場所をもとめて出雲の国を歩きました。須賀という土地に来たとき、「ここに来て、私の心はすがすがしい」と言って、そこに宮を建てます。それで、この地を須賀と呼ぶようになったといいます。
宮ができあがると、須佐之男命は妻の父である足名椎を呼びよせ、「あなたを私の宮の長としよう」と言って、稲田宮主須賀之八耳神という名をあたえました。「稲田の宮の主である、須賀のすぐれた神」といった意味です。娘を大蛇に食べられて泣いていた老いた父が、りっぱな名前と役目をさずかったのです。
『古事記』では足名椎ひとりの名前ですが、『日本書紀』では、足名椎と手名椎の夫婦ふたりに「稲田宮主神」の名をさずけたとあり、伝え方がちがいます。この須賀の宮で、須佐之男命は雲がわき立つようすを見て歌をよみました。それが日本で最初の和歌とされています。島根県雲南市の須我神社は、この宮の跡と伝えられています。
登場する主な神話
- 須賀の宮
解説:記紀の記述と神社の伝承を書き分けています。(日本の神さま365編集部)
基本情報
- 見出し表記
- 稲田宮主須賀之八耳神
- 読み
- いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ
- 区分
- 記紀の神
- 主な出典
- 古事記
- 図鑑番号
- K00070
