※この解説は、出典の確認を続けています。
讃岐で生涯を終え、神として祀られた天皇
どんな神さま?
讃岐の国で生涯をおえ、神としてまつられた天皇です。神話の神ではなく、平安時代のおわりに生きた、第七十五代の天皇です。五歳で位につきましたが、じっさいの政治は、父の鳥羽上皇がにぎっていました。若くして位をおろされ、わが子を天皇にする望みも、たたれてしまいます。
父の上皇が亡くなると、崇徳上皇と、弟の後白河天皇とのあいだで、たたかいがおこりました。保元の乱です。一夜でやぶれた上皇は、讃岐の国、いまの香川県へ流されます。都をしたいながら、八年のあいだ、しずかにくらしました。心をこめてお経をうつし、「せめて、これを都の寺におさめてほしい」と送りましたが、朝廷は、それさえ送り返した、と伝えられます。上皇は、四十六歳で、讃岐の地で亡くなりました。和歌にすぐれ、百人一首にも、はなれてもいつかまた会おう、という恋の歌がえらばれています。
その後、都では、大火事や、たたかいがつづきました。人びとは、上皇の怒りだとおそれます。七百年がたった明治のはじめ、明治天皇は、上皇の魂を京都へおむかえして、白峯神宮を建てました。この神社は、もと蹴鞠の家の屋敷あとにあるので、いまは、サッカーなど、球技の上達を願う人びとが、おまいりします。苦しみの多い一生をおくった天皇は、人びとを助ける神になりました。
登場する主な神話
- (記紀の神話には登場しません)
- 保元の乱
解説:記紀の記述と神社の伝承を書き分けています。(日本の神さま365編集部)
基本情報
- 見出し表記
- 崇徳天皇
- 読み
- すとくてんのう
- 区分
- 人物神
- 主な出典
- 白峯神宮・金刀比羅宮などの祭神
- 図鑑番号
- K00417
