倭建命が従わせた信濃の坂の神
どんな神さま?
倭建命がしたがわせた、信濃の坂の神さまです。東の国ぐにをしずめた倭建命は、都へ帰る道すがら、甲斐の国から科野の国、いまの長野県へとこえていきました。そのとき、「科野の坂の神を言葉でしたがわせて、尾張の国にもどった」と『古事記』は記しています。
この坂は、長野県阿智村と岐阜県中津川市のさかいにある、神坂峠とされています。標高は千五百メートルをこえ、古代の東山道でいちばんの難所でした。けわしい山道で、霧や雪にまかれて命を落とす旅人も多かったといいます。峠からは、旅の無事を祈ってささげられた、石でつくった小さな鏡や剣、玉などが、たくさん見つかっています。昔の人びとが、じっさいにこの坂の神をおそれ、祈りをささげていたあかしです。
『日本書紀』は、もう少しくわしく語ります。山の神は白い鹿の姿であらわれ、倭建命がにんにくを投げつけると、目に当たって死んでしまいました。すると道がわからなくなり、こまっていると、白い犬があらわれて道案内をしてくれたといいます。峠は、国と国のさかいめで、そこには神がいると信じられていました。「峠」で手を合わせて神に「たむけ」をする。それが「とうげ」という言葉のもとだともいわれます。
登場する主な神話
- 倭建命の東征
解説:記紀の記述と神社の伝承を書き分けています。(日本の神さま365編集部)
基本情報
- 見出し表記
- 科野之坂神
- 読み
- しなののさかのかみ
- 区分
- 記紀の神
- 主な出典
- 古事記
- 図鑑番号
- K00177
