吉備の国を平定した孝霊天皇の皇子
どんな神さま?
吉備の国をしずめた、桃太郎のモデルとされる神さまです。『古事記』では、第七代・孝霊天皇の皇子で、もとの名を比古伊佐勢理毘古命といいます。弟の若建吉備津日子命とともに、播磨の国の川べに、神聖なかめをすえて祈り、そこを入口として、吉備の国を言葉でしたがわせました。吉備は、いまの岡山県と、広島県の東部にあたります。『日本書紀』では、吉備津彦命の名前で、四つの方角につかわされた四人の将軍のひとりとして、西へ向かいます。
岡山には、この神にまつわる、有名な言い伝えがあります。昔、吉備の国に、温羅という鬼がすんでいました。海をわたってきた、大きな体の、らんぼう者です。山の上に城をきずき、都へはこぶ品物や、娘たちをうばっていました。そこで朝廷は、この神をつかわします。神が矢をはなつと、鬼の投げた岩と、空中でぶつかって落ちました。そこで、いちどに二本の矢をはなつと、一本が鬼の目にささります。鬼は、きじになり、こいになって逃げましたが、神は、たかになり、うになって追いかけ、ついにつかまえました。
この話が、桃太郎の昔話のもとになった、といわれています。岡山市の吉備津神社と吉備津彦神社は、この神をまつる大きな社です。吉備津神社には、かまの鳴る音でよしあしをうらなう、ふしぎな神事が伝わっています。
登場する主な神話
- 孝霊天皇の系譜
- 吉備国の平定
解説:記紀の記述と神社の伝承を書き分けています。(日本の神さま365編集部)
基本情報
- 見出し表記
- 大吉備津日子命
- 読み
- おおきびつひこのみこと
- 区分
- 記紀の神
- 主な出典
- 古事記(孝霊天皇の段)。吉備津神社の祭神
- 図鑑番号
- K00406
