湊川にまつられる忠義の武将「楠公さん」
どんな神さま?
「楠公さん」と親しまれる、まごころの武将です。神話の神ではなく、鎌倉時代のおわりから、南北朝時代にかけて生きた、じっさいの人です。河内の国、いまの大阪府の南部の武士でした。鎌倉幕府をたおそうとした後醍醐天皇の呼びかけに、まっ先にこたえて、立ちあがります。
正成は、知恵のあるたたかいで知られます。山の上の小さな城にこもり、何十倍もの幕府の大軍を相手に、わら人形でだましたり、丸太や石を落としたりして、何か月も城をまもりぬきました。そのあいだに、各地で味方が立ちあがり、幕府はたおれます。けれども、新しい世は長くつづきませんでした。足利尊氏の大軍が九州からせめのぼってきたとき、正成は、勝ち目がないと知りながら、天皇の命令にしたがって出陣します。
とちゅうの桜井の地で、十一歳の子の正行を呼び、「おまえはふるさとに帰り、大きくなったら、天皇をおまもりしなさい」と言いきかせて、別れました。そして一三三六年、湊川のたたかいで、力つきて亡くなります。江戸時代、水戸の徳川光圀が、その地にお墓を建てました。明治五年、神戸に湊川神社がつくられます。さいごまで、まごころをつらぬいた人。「大楠公」とたたえられ、いまも神戸の人びとに愛されています。
登場する主な神話
- (人物神のため、記紀の神話には登場しません)
解説:記紀の記述と神社の伝承を書き分けています。(日本の神さま365編集部)
基本情報
- 見出し表記
- 楠木正成公
- 読み
- くすのきまさしげこう
- 区分
- 人物神
- 主な出典
- 湊川神社(兵庫)の祭神
- 図鑑番号
- K00390
